『陽炎、抜錨します!』が描く艦これ世界

 今回は艦これアーケードから艦これの世界に入門した方や、もちろんブラウザ版からプレイしている古参の人にも是非とも知ってもらいたい艦これ公式ライトノベル『陽炎、抜錨します!』(以下『陽抜』)を紹介します。

 艦これからは公式漫画やライトノベル、記憶にも新しいアニメなど、ゲーム以外にも様々なメディアミックス展開がされています。その中の一つで、2013年に先陣を切る形で出てきたのが『陽抜』です。

 『陽抜』は作品名でわかるように駆逐艦陽炎が主人公として活躍する物語で、彼女が呉鎮守府から横須賀鎮守府に転勤になるところから始まります。陽炎はそのパーソナリティを買われ、第十四駆逐艦の嚮導艦として着任したのでした。しかし、そのメンバーは捻くれ者や自信のない駆逐艦ばかりで、陽炎は困ってしまう。ここから、7巻に及ぶ陽炎と第十四駆逐隊の面々との物語が始まるのです。メンバーは、一人目、駆逐艦を卑下する駆逐艦曙、二人目、自分の弱さを筋トレで補おうとする駆逐艦皐月、三人目、過去の失敗から戦闘の自信をなくしてしまった駆逐艦潮、四人目、無口な駆逐艦霰、五人目、霰を守ることで自分の役割を見出そうとする駆逐艦長月。この五人が陽炎の攻略しなければいけないメンバーとなります。

 『陽抜』の魅力はなんといっても、それぞれのキャラクターに備わっている個性の掘り下げ方の深さでしょう。物語の中で陽炎が出会い、それぞれの話の中心に据えられる艦娘は必ず過去のエピソードを持っています。具体例をあげてしまうとネタバレになってしまうので詳細は書きませんが、過去の失敗を引きずる艦娘と陽炎が共に戦い絆を深め、その艦娘がある意味での答えを得ることでストーリーは進んでいきます。

 また、艦これのゲーム内で聞き慣れた艦娘のセリフや、史実をモチーフにした戦いなど、軍艦や艦艇を土台にした作品ならではのアイディアも多く取り入れられています。艦これが好きな方なら、読んでいるとフフっとなるセリフが入っていたりもします。

 基本的なストーリーの骨組みは少年漫画のそれ、つまりはスポ根モノです。男子はいませんが、艦娘として戦うことを通して青春を謳歌する艦娘たちを表現豊かに描いています。特に喧嘩っ早い駆逐艦同士の喧嘩のシーンや、怒ると怖い軽巡教官たち、おおらかな大型艦の面々など、どこから切ってみてもしっかりとした著者の理念の元に世界観が構築されているのが読んでみるとわかると思います。そして、読み終わる頃にはこの作品に出てきたキャラクターそれぞれに魅力を感じずにはいられなくなること間違いないです。それほどまでに原作ゲームにはなかった、キャラクターとしての深い掘り下げがしっかりなされている艦娘が多いのです。(と言ってもしっかりと出演できている艦娘は限られています。)特に第十四駆逐隊の面々が苦難・過去の失敗を乗り越え、成長していく姿には感情を揺さぶられます。また、各巻の大きな見せ場となる深海棲艦との戦闘シーンは、重厚でシリアスな緊迫感が漂っています。その中でも、冷静な判断で危機を凌ぐ艦娘たちや、命を投げうつ覚悟で攻勢に入る艦娘(主に駆逐艦)の行動にはシビれます。

 読み終わった後には、「王道少年漫画の展開だが、それがいい」「これこそ駆逐艦娘が辿るべき、誉れ高き物語なんだな」と晴れやかな気持ちでこの小説を読み終えることができました。

 もちろん合う合わないはあるかと思います。この小説は著者の築地俊彦氏なりの解釈で描いている艦これ世界ですし、皆さんが考えている艦これの世界とは少し違うところもあるでしょう。しかし、一巻だけでも手にとって読んでもらえればいいなと思い、このレビューを書かせてもらいました。これだけでは『陽抜』の面白さが伝わったとは思いませんが、思ったよりも艦これクラスタの間では読まれていない作品だったので紹介する運びになったのです。『陽抜』が再評価される日を夢見て〆させてもらいます。


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子犬を畏れる男

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